平山郁夫についてProfile
平山 郁夫 HIRAYAMA IKUO
昭和5年(1930)6月15日,広島県に生まれる。
東京美術学校(現:東京芸術大学)日本画科卒業。
東京芸術大学美術学部教授・学部長・学長を歴任。
ユネスコ親善大使を務める一方で、創作活動に従事。
平成21年12月2日永眠(満79歳)。
平山郁夫とシルクロード
1966年,現在のトルコ共和国の地に入り,ビザンチン時代の石窟教会に残る壁画を模写。シルクロード関係国に足を踏み入れた最初であった。同年,消失した法隆寺金堂壁画の再現模写のメンバーに選ばれたことをきっかけに,その源流といわれるアフガニスタンのバーミヤン石窟寺の壁画を訪問・取材。以後,中国,中央アジア,西アジア諸国に取材し,シルクロードとの関わりは益々深く強くなっていった。
「私がシルクロードを歩くようになったのは,日本文化の始まりである仏教伝来の道をたどることが目的」だったという平山画伯は,「仏教伝来」をはじめ,「玄奘三蔵への道」「アレクサンダーの道」シリーズなど,シルクロードと関わりの深い作品を数多く残している。
平山郁夫の足跡を紹介する動画(日本語、英語、中国語)がご覧いただけるようになりました。
「平山郁夫 シルクロードへの想い」
本動画は「平成30年度 文化芸術振興補助金(地域と共働した美術館・歴史博物館創造活動支援事業)八ヶ岳地域と共働する美術館プロジェクト」により多言語化されました。
平山郁夫シルクロード取材年譜
- 1966年6月〜10月
- トルコ・カッパドキア等の遺跡
- 1968年7月〜8月
- アフガニスタン ・ 中央アジア(タシケント・サマルカンド)
- 1969年12月〜'70年1月
- インド・スリランカ・カンボジアの仏跡
- 1970年12月〜'71年1月
- イラン・イラク
- 1971年11月
- 韓国・百済の武寧王(ぶねいおう)陵発掘品を見学
- 12月〜'72年1月
- レバノン・ヨルダン・シリア・イラク
- 1973年5月〜6月
- アフガニスタン・カーブル、 トルコ・イスタンブール
- 7月〜8月
- イタリア・アッシジ
- 1974年9月
- アフガニスタン・パキスタン
- 12月
- インド各地の仏跡
- 1975年6月
- 中国・北京、大同、上海、西安
- 7月
- 中国
- 1977年4月
- トルコ,中国・北京,チベット
- 1978年8月〜9月
- 中国・新彊ウイグル自治区
- 1979年3月
- ギリシア・アテネ
- 9月
- 中国・敦煌莫高窟(とんこうばっこうくつ)
- 12月
- パキスタン
- 1980年12月〜'81年1月
- インド
- 1981年7月
- インド・ラダック地方,カシュミール
- 9月
- 中国・新疆ウイグル自治区
- 12月〜'82年1月
- ヒマラヤ
- 1982年3月
- 中国・雲崗(うんこう)石窟,龍門石窟など
- 7月
- パキスタン,カラコルム・ハイウェイ
- 12月〜'83年1月
- ラダック地方,カシュミール
- 1983年7月
- ラダック地方,カシュミール
- 9月
- 中国・敦煌莫高窟
- 12月〜'84年1月
- 中国
- 1984年9月
- 中国
- 3月
- インドネシア・ジャワ
- 1985年3月
- インド・ラジャスタン
- 9月
- 中国・敦煌莫高窟
- 1986年9月
- 中国・タクラマカン砂漠,楼蘭(ろうらん)遺跡
- 12月
- インド各地の仏跡
- 1987年2月
- タイ,シンガポール
- 9月
- 中国・敦煌莫高窟
- 1988年9月
- 中国・敦煌莫高窟,河西回廊
- 12月
- インド
- 1989年9月
- デンマーク,オランダ,ベルギー,西ドイツ,フランス
- 11月
- 中国・新彊ウイグル自治区,楼蘭遺跡
- 1990年9月
- モスクワ
- 12月〜'91年1月
- インドネシア・ボロブドール遺跡
- 1991年4月
- カンボジア・アンコール遺跡
- 1993年3月〜4月
- ポーランド,ロシア
- 12月〜'94年1月
- エジプト,バーレーン
- 1994年8月
- 敦煌
- 11月
- カンボジア・アンコール遺跡
- 1995年1月
- 中国・南京
- 3月
- イスラエル
- 1996年6月
- 中国・北京,洛陽,西安,敦煌
- 1997年1月
- 中国
- 2月
- インド南部
- 6月
- 中国・青海省,寧夏回族(ねいかかいぞく)自治区など
- 10月
- 北朝鮮・高句麗古墳の学術調査
- 1998年5月
- 中国・北京,西安,内蒙古自治区
- 9月
- ウズベキスタン
- 2001年12月
- インド
- 2002年4月
- 中国・北京,北朝鮮・平壌
平山郁夫作品
平山郁夫がシルクロードに足を踏み入れたのは、1968(昭和43)年、仏教伝来の源流を訪ねてアフガニスタンから中央アジアを巡った旅が最初でした。以来40年、平山郁夫のシルクロードの旅は続いています。
玄奘三蔵がこの道を通っていったことからもわかるように、シルクロードは東西の交易の路であるとともに、それぞれの文化が行きかう交流の路でもありました。その道なき道には、文化の繁栄を支えた人びと一人一人の想いが深く刻まれています。平山は、そうした名もない人びとの想いの積み重ねが文明や歴史を形づくると考え、荒れ果てた砂漠や遺跡に人間の痕跡を探し求めてはシルクロードに取材した作品を繰り返し描いているのです。
その集大成ともいうべき作品群が連作「大シルクロード」です。昇りくる朝の太陽が照りつける中、あるいは月明かりの下、砂漠をひたすら往くキャラバン―それは平山郁夫が憧憬してやまないシルクロードと、国境や民族を越え、さらには時空をも越えた人びとの交流の象徴でもあります。
- ・平壌牡丹七星門
- 本画30号 2001年
- ・普賢寺のガイド嬢
- 本画10号 2001年
- ・オペラ歌手
- 本画10号 2001年
- ・八雲立つ 出雲路古代幻想
- 本画6曲 1998年
- ・砂漠行くキャラバン(右隻)東(太陽)
- 本画4曲 2005年
- ・砂漠行くキャラバン(左隻)西(月)
- 本画4曲 2005年
- ・古城(ジャイサルメール・インド)
- 本画4曲 2005年
- ・小泉富士
- 本画30号 2005年
- ・西陣山口扇(99歳)
- 本画30号 2004年
- ・浄花白川女
- 本画30号 2004年
- ・浄花白川女 母娘
- 本画30号 2004年
- ・槇尾 西明寺の秋
- 本画30号 2004年
- ・北山への道
- 本画30号 2004年
- ・京都御所本宜秋門
- 本画30号 2004年
- ・修学院桂離宮寿月観
- 本画30号 2004年
- ・修学院桂離宮浴龍池
- 本画50号 2004年
- ・白壁二条城
- 本画30号 2004年
- ・流水無間断
- 本画12曲 1994年
- ・平成の洛中洛外(右隻)
- 本画4曲 2003年
- ・楼蘭遺跡を行く・日
- 本画4曲 2005年
- ・楼蘭遺跡を行く・月
- 本画4曲 2005年
- ・浄土幻想 日野法界寺
- 本画100号 2004年
- ・浄土幻想 宇治平等院
- 本画100号 2004年
- ・パルミラ遺跡を行く・朝
- 本画4曲 2006年
- ・パルミラ遺跡を行く・夜
- 本画4曲 2006年
- ・平成の洛中洛外(左隻)
- 本画4曲 2004年
- ・霊峰黄山煙雨
- 本画50号 2006年
- ・敦煌石窟九層楼
- 本画50号 2007年
- ・北京大運河 十三層の塔 遼時代
- 本画20号 2007年
- ・モンゴルの草原
- 本画50号 2007年
- ・アフガニスタンの砂漠を行く
- 本画50号 2007年
- ・タジマハール インド
- 本画20号 2007年
- ・東大寺大仏殿
- 本画20号P 2007年
- ・神峰黄山雲海図
- 本画4曲 2006年
- ・アフガニスタンの砂漠を行く・日
- 本画4曲 2007年
- ・アフガニスタンの砂漠を行く・月
- 本画4曲 2007年
- ・フォロロマーノ 古代ローマの遺跡
- 本画4曲 2008年
- ・朧月夜 ブルーモスク イスタンブール
- 本画50号 2007年
- ・大同江
- 本画30号 2001年
- ・古代ローマ遺跡 エフィソス トルコ
- 本画8曲 2007年
- ・トムシュクの遺跡
- 本画30号 2007年
- ・シャーモスク イスファハーン
- 本画20号 2007年
- ・モンゴル草原を行く
- 本画20号 2007年
- ・海のシルクロードを行く
- 本画20号 2007年
- ・法輪寺の森
- 本画20号 2007年